開発状況

ビタミンB6:RS8001



私たちが喜怒哀楽を感じたり、さまざまなことを考えたりする時、脳内では神経細胞と神経細胞の間を「神経伝達物質」が行き交って、情報の伝達をしています。神経伝達物質には様々な種類があり、その中に、抗ストレス作用を有する γ-アミノ酪酸(GABA)や精神安定をもたらすセロトニンがありますが、それらのバランスが崩れるとストレスを感じやすくなったり、イライラしやすくなったりと、精神的な変調をきたします。当社は、ビタミンB6の一種であるピリドキサミン(RS8001)でそれらのバランスを改善できる可能性を見出して、女性のメンタルケアに役立つ治療薬の開発に取り組んでいます。

RS8001開発の経緯とその安全性

神経伝達物質のGABAとセロトニンは、その化学構造にアミノ基という構造を有しています。また、当社で開発中のRS8001(ピリドキサミン)は、水溶性ビタミンB6の一種で、同様にアミノ基を有しています。そこでピリドキサミンは、GABAやセロトニンの産生や分解抑制に利用され、脳内でのこれら神経伝達物質の増加をもたらすことが、生化学試験や動物試験から示唆されています。実際に、ピリドキサミンを投与された動物(ラット)は、興奮や刺激(ストレス)に対して安定することが証明されました。また、ピリドキサミンは通常の食物にも含まれる栄養素であり、大量投与をおこなっても高い安全性が確認されていますが、日本を含めて先進国では未承認の医薬品です。

社会が複雑になり多くの人がストレスを抱えて生活していますが、身体的な病気に比べて、精神的な病気に対する医療は未だ充分とはいえません。神経伝達物質を制御・調整する医薬品はそのような疾患の治療に役立つと考えられます。現在は、特に女性の社会での活躍が期待されており、女性のメンタルケアは社会的にも極めて重要な課題です。当社では、生殖年齢女性で社会生活が困難となる月経前症候群/月経前不快気分障害や、閉経期における更年期障害に対する治療薬の研究開発に取り組んでいます。


精神症状を伴う月経前症候群/月経前不快気分障害治療薬

月経前症候群(PMS)は、月経前の3~10日ほど精神的症状や身体的症状が続き、月経が始まると軽快したり消失したりする生殖年齢女性に特有の疾患です。また、精神的症状がより重い場合は、月経前不快気分障害(PMDD)に分類されますが、現在では、それらは連続的な病気と考えるのが一般的になっています。生殖年齢女性の70~80%が月経前に何らかの症状を有し、患者の日常・社会生活に影響を与える場合には治療対象となり、わが国での研究では、社会生活困難を伴うPMSの頻度は5.4%、PMDDの頻度は1.2%と報告されています。

薬物治療としては、抗うつ薬(SSRI)や低用量ピルが使用されていますが、副作用や一般女性の抵抗感もあり、わが国では普及していません。

当社では、PMS/PMDDに対するピリドキサミンの第Ⅱ相医師主導治験を、近畿大学、東北大学、東京医科歯科大学、東京女子医科大学等と共同で進めています(プラセボリードイン方式*プラセボ対照二重盲検3群比較試験、目標症例数105例)。本治験は、当社が研究代表機関として、2019年度に日本医療研究開発機構(AMED)の「医療研究開発革新基盤創生事業(CiCLE)」に採択されました。当初の予定より早い2020年11月から治験を開始しましたが、新型コロナウイルス感染の拡大の影響により患者来院数が減少したため、症例登録促進の方策として、これまでに5民間施設を追加したほか、院内ポスターや啓発用の冊子の作成、治験調整医師による薬剤師対象Webセミナーの実施、ボランティアパネルの活用等を行ってきました。その結果、目標登録症例数を達成することができました。また、AMEDでの中間評価で継続判断がなされています。産婦人科スペシャリティーファーマであるあすか製薬株式会社と2019年12月に共同開発及びオプション契約を締結しました。

精神症状を伴う月経前症候群/月経前不快気分障害、更年期障害

*プラセボリードイン方式:プラセボには有効成分は含まれていませんが、心理的な効果で病気の症状が改善することがあります(プラセボ効果)。そこで、実薬投与の前に一定期間プラセボを服用していただき、プラセボ効果の大きい被験者は試験に参加していただかない試験デザインを採用しています。

更年期障害治療薬

更年期と呼ばれる閉経前後の時期に、女性ホルモン分泌の減少と様々な心理・社会的ストレスにより、ホットフラッシュ(上半身ののぼせ、ほてり、発汗など)、うつ・不安・不眠などの精神的症状と、疲れやすさや関節痛などの身体的症状を発現し、生活に支障をきたす状態を、更年期障害と呼びます。代表的な薬物治療として女性ホルモンを少量補充するホルモン補充療法がありますが、乳がん等の有害事象に対する危惧から日本での使用率は2%程度に留まっています。

共同研究者の東京医科歯科大学は、様々な更年期症状と摂取栄養素との関連を解析した研究から、更年期女性の2大症状であるホットフラッシュとうつ症状について、ビタミンB6摂取量が少ない人ほど重症であることを見出して、ビタミンB6を補充することでこれらの症状が緩和できる可能性を示唆しました。

更年期障害のホットフラッシュとうつ症状の治療薬としてRS8001(ピリドキサミン)の臨床研究を実施しています。当社は、2021年12月に東京医科歯科大学と共同研究契約を締結しました。本プロジェクトは、2023年3月にAMEDの「女性の健康の包括的支援実用化研究事業(代表機関:東京医科歯科大学)」に採択されました。本臨床研究でも、プラセボ効果をできる限り排除する目的でプラセボリードイン方式を採用した二重盲検法で実施しています。

更年期でほてりやうつ症状を呈する割合

(厚生労働省 「更年期症状・障害に関する意識調査」2022年7月26日)