プラスミノーゲンアクチベータインヒビター(PAI)-1は、血を固まらせる(血栓)ために不可欠なタンパク質です。ですから、当社が開発しているPAI-1阻害薬は、血栓を溶かす(線溶)作用を有しています。しかし、開発したPAI-1阻害薬を用いて基礎研究を行ったところ、1)ダメージによる細胞の修復(細胞再生)、2)年月を経て細胞が修復できなくなる細胞老化を妨げる、3)がん細胞を除去するなどの予期せぬ作用が確認されました。これら作用は、すべてヒトの健康寿命の延伸に繋がります。
日本を含む先進国では超高齢化が進み、平均寿命と健康寿命(心身ともに健康で自立して生活できる期間であり、平均寿命から寝たきりや認知症などの介護状態の期間を差し引いた期間)の差が約10年あることが大きな課題となっています。加齢と共に生じる種々の疾患、例えば、がん、循環器疾患、呼吸器疾患、糖尿病などを治療できれば、健康寿命の延伸に繋げることができます。これら4疾患は全世界の死亡者数の70-80%に至り、世界保健機関(WHO)でも老化や生活習慣に伴う重要な疾患『非感染性疾患(NCDs)』として位置付けられています。当社のPAI-1阻害薬は、これら4疾患の治療薬を含めた健康寿命を伸ばすための医薬品候補となる可能性を秘めています。
ヒトのPAI-1分子の構造を基に、コンピューター工学を利用して約200万におよぶ仮想化合物のライブラリーから96個のPAI-1阻害候補化合物を取得しました。PAI-1阻害作用を指標として、新規阻害化合物を10年以上かけてこれまで1,400個以上合成して、さらにそれらのPAI-1阻害作用や安全性などを評価する中で、安全性に優れた経口投与可能な化合物であるRS5275を取得しました。RS5275からさらに合成展開を行い、4つの臨床候補化合物RS5441、RS5484、RS5509、RS5614を取得しました。その中で最終的に、最も有効性に優れ安全性が高いRS5614を臨床開発候補化合物として選択しました。
PAI-1は非常に不安定なタンパクで血中のビトロネクチンと結合して安定化します。X線結晶構造解析の結果、開発したPAI-1阻害薬はPAI-1分子内のビトロネクチン結合部位に挿入され、PAI-1とビトロネクチンとの結合を阻害することで、PAI-1分子の安定化を阻害し、分解を促進することが推測されています。
実際に、RS5614は、臨床試験や医薬品として製造販売する上で必要となる全ての非臨床安全性試験に合格しています。また、RS5614は、これまでに400名近い被験者(健康人、慢性骨髄性白血病、新型コロナウイルス肺傷害、悪性黒色腫、肺がん、全身性強皮症など)に投与され、また、慢性骨髄性白血病では1年間の長期投与が実施されましたが、RS5614による問題となる副作用は報告されておらず、安全性の高い医薬品と考えられます。過去に国内外大手を含む多くの製薬会社やバイオベンチャーが低分子PAI-1阻害薬の開発に取り組み、幾つかの薬剤はマウスやラットの動物モデルで有効性が報告されました。しかし、いずれも開発の早い段階で中止となり、現在ヒトの臨床ステージにある内服可能なPAI-1阻害薬は当社の薬剤だけです。
RS5614は、現在抗加齢・長寿、がん、肺疾患で臨床応用に向け開発を進めています。
加齢と共に生じる種々の疾患、例えば、がん、循環器疾患(動脈硬化)、肺疾患(肺気腫、慢性閉塞性肺疾患)、代謝疾患(糖尿病、肥満)、慢性腎臓病、骨・筋肉疾患(骨粗鬆症、サルコペニア)、脳神経疾患(脳血管障害、アルツハイマー病・認知症)などを多面的に改善すれば、健康寿命の延伸に繋げることができます。
当社が開発したPAI-1阻害薬を用いて、下記の一連の科学的な事実を、米国ノースウエスタン大学や東北大学との共同研究から明らかにしました。
開発中のRS5614は、加齢と共に生じる種々の疾患を改善できる可能性が非臨床試験で確認されており、がんやはい疾患に対しては臨床試験で検討されています。現時点では、RS5614は医療用医薬品(医師の診断や処方箋に基づいて使用される医薬品で処方薬ともいう)として開発しているので、個々の疾患に対する治療の適応をとるための臨床試験(治験)を実施しています。
抗加齢(アンチエンジング)・長寿は臨床試験(治験)で検証することが難しいので、医療用医薬品の対象とはなりません。一方、抗加齢(アンチエンジング)・長寿は、超高齢化を背景に急成長しているセルフメディケーション分野やOTC医薬品市場の重要なテーマです。RS5441の脱毛症治療薬(アンチエイジング)としての実例もあり、当社のPAI-1阻害薬のアンチエンジング研究がさらに進めば、医療用医薬品以外の適応に関しても検討したいと考えます。
< 図1 PAI-1に関する共同研究成績一覧 >
疾患 | 文献 | 共同研究 |
がん(慢性骨髄性白血病) | □ Blood 2012 □ Stem Cells. 2014 □ Blood. 2017 □ Biochem ,Biophys Res Commun. 2019 □ Haematologica 2021 □ BBRC 2021 □ Tohoku J Exp Med. 2022 □ Cancer Med. 2023 | □ 東京大学、東北大学 □ 東海大学、東北大学 □ 東海大学、ノースウェスタン大学、東北大学 □ 東海大学、東北大学、国立がんセンター中央病院 □ 東海大学、ノースウェスタン大学、広島大学、東北大学 □ 東海大学、東北大学 □ 東北大学、東北大学病院、ART □ 秋田大学、東海大学、東北大学、岩手医科大学 |
がん(悪性黒色腫) | □ PLoS One. 2015 □ Cancer Biol Ther. 2015 | □ 南カリフォルニア大学、東北大学 □ 東北大学、山形大学 |
肺(肺気腫、慢性閉塞性肺疾患) | □ Arterioscler Thromb Vasc Biol 2008 □ Am J Respir Cell Mol Biol 2012 □ Proc Natl Acad Sci USA. 2014 □ PLos One 2015 □ Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 2016 □ Am J Respir Cell Mol Bio 2020 □ Environ Pollut 2021 | □ 東海大学、東京大学、筑波大学、ルーヴァンカトリック大学、東北大学 □ アラバマ大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、東北大学 □ ノースウェスタン大学、東北大学 □ ノースウェスタン大学、シカゴ大学、東北大学 □ アラバマ大学、東北大学 □ アラバマ大学、東北大学 □ ノースウェスタン大学、東北大学 |
血管(動脈硬化) | □ Circulation. 2013 □ Oncotarget. 2016 □ Science Advances. 2017 | □ ノースウェスタン大学、東北大学、サンフォードバンナム研究所 □ ノースウェスタン大学、東北大学 □ ノースウェスタン大学、ニュージャージー医科大学、ブリティッシュコロンビア大学、インディアナ血友病血栓症センター、東北大学 |
代謝(糖尿病、肥満) | □ Br J Pharmacol 2016 □ Oncotarget 2017 □ Hepatol Commun 2018 □ Front Pharmacol 2020 □ Mol Med Rep 2020 □ Science Reports 2021 □ Obesity 2021 | □ 梨花女子大学、全南大学、東北大学 □ 梨花女子大学、東北大学 □ ノースウェスタン大学、東北大学 □ 東北大学 □ 奈良県立医科大学、東北大学 □ ノースウェスタン大学、オレゴン健康科学大学、ジェシーブラウン退役軍人メディカルセンター、東北大学 □ ノースウエスタン大学、ジェシーブラウン退役軍人メディカルセンター、東北大学 |
骨・関節(骨粗鬆症、変形性関節症) | □ FEBS Open Bio 2018 □ BBRC 2021 | □ 東京医科歯科大学、延辺大学、東北大学 □ 東京医科歯科大学、東北大学、国立障害者リハビリテーションセンター |
脳(アルツハイマー病等) | □ PLoS One 2015 □ J Alzheimers Dis 2018 | □ ノースウェスタン大学、セントルーク大学病院、東北大学 □ アラバマ大学、東北大学 |
腎臓(慢性腎臓病) | □ Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2013 □ PLos One 2016 | □ 東京大学、南方医院、ノースウェスタン大学、ルーヴァンカトリック大学、東北大学 □ 梨花女子大学、キム医院、東北大学 |