維持血液透析治療は血液を体外へ取り出し、電解質補正及び老廃物や不要な水分を除去(除水)した上で体内へ戻して循環させるものであり、慢性腎不全患者の生命維持に必要な治療です。
国内35万人の維持血液透析患者は、週3回(1回の治療で4時間から5時間)、生涯にわたって血液透析を受ける必要があります。 また、透析病院では数十名の患者に対して、1名の医師、数名の看護師や臨床工学技士の少ないスタッフで治療を行っており、有害事象が発生するとスタッフは患者対応に追われ、大きな負担となります。さらに、透析の医療費は1兆円を超えており、医療経済的にも大きな負担となっています。
血液透析医療において、「適切な除水」は最も重要な医療課題であり、ドライウェイト(DW:患者の体内水分が適正な状態)や除水量の設定は最も医師が苦心する点です。特に除水量に関して考えた場合、除水不足は心肺機能に障害を与えてしまい、過度な除水をすると、透析中の低血圧を生じ、気分不良、意識消失といった有害事象を生じてしまいます。不適切な除水量の設定により有害事象が発生すると医療従事者は患者対応に追われ、大きな負担となります。 除水量の設定は専門性が高く、透析専門医が患者状態を総合的に判断し、経験(暗黙知)から有害事象の発生しにくい除水量設定をしていますが、透析専門医の数は充分ではありません。地方や夜間では非専門医が従事することが多く、多くの透析施設では透析専門医の指示の下で非専門医や経験豊富な看護師、臨床工学技士が除水量設定の補助をしています。
当社は、人工知能(AI)を活用して透析専門医の暗黙知を学習することで、専門医の除水設定を模倣したプログラム医療機器を、東北大学や聖路加国際病院などのアカデミア・医療機関、日本電気株式会社(NEC)と共同で開発しています。非専門医でもこのプログラム医療機器アを活用することで、専門医に近いレベルで血液透析を実施できるようになることが期待されます。
NECと共同開発したAIエンジン「DCCN(Dual-Channel Combiner Network)」を基にして、聖路加国際病院を含む複数の医療機関から取得した72万透析患者情報を学習することで、透析専用のAIを開発しました。 DCCNは過去5回の透析患者情報と透析記録を基に、AIが自動的に当日の目標除水量を提示することができます。これにより、非専門医であってもAIを活用することで、専門医のアシストを受けるのと同等な精度で目標除水量を設定することが可能となります。また、適切な除水量設定は透析中低血圧の発生を抑制することができると考え、人的リソースの不足している透析病院において重要な課題解決のツールとなることが期待されます。
現時点で、専門医の処方する目標除水量から「誤差130ml」程度でAIが予測可能となり、また透析開始前に透析中血圧低下(20mmHg以下)の発生する確率をAUC0.91の精度で予測できるAIが開発できています。また、16施設のデータを用いた汎化性能検証をした結果、専門医から十分に臨床意義があると評価が得られました。
2023年2月にAMED「医療機器開発推進研究事業(代表機関:東北大学、当社は協力機関)」に採択され、2024年10月から薬事承認申請のための臨床性能試験を実施しています。また、本AIプログラム医療機器の実用化を目的として2022年10月にニプロ株式会社と共同研究契約を締結し、臨床現場で実装するためのシステム開発を実施しています。さらに、血液透析における除水量や血流量の調節を制御する血液透析機器搭載型AIの開発に着手し、2023年12月に東レ・メディカル株式会社と共同開発契約を締結しました。