医療分野への人工知能(AI)の応用は大きな可能性を秘めたテーマですが、研究開発に重要な役割を担うステークホルダーが、個々に課題を抱えている状況です。医師(医療機関)は、医療の課題や問題(ニーズ)を熟知し、豊富な医療データやアイデアなどを有してはいるものの、AIの手法やITベンダーとのネットワークが乏しく、研究開発に具体的に着手できない状況です。一方、AI技術を有するITベンダーは、成長が見込める医療分野への応用に興味はあるものの、医師(医療機関)とのネットワークが少ないために医療ニーズや医療データにアクセスしにくいこと、さらに薬機法など薬事行政の経験も不充分なために実用化は簡単ではありません。さらに、AIの医療応用を事業化したいと考える出口の製薬・ヘルステック企業も、研究から事業開発まで自社単独で全て対応することは時間的にもリソースの観点からも困難な場合も多いといえます。
医師(医療機関)、AI技術を有するITベンダー、出口の製薬・ヘルステック企業といった各ステークホルダーは上記のようにそれぞれに課題を持っていますので、当初から連携し開発を進める枠組みが重要になります。AIを活用した医療ソリューションのプロダクトライフサイクルは医薬品ほど長くないため、効率的な研究開発には開発初期から許認可や実臨床への出口を見据えた計画が不可欠です。そのためにも、異分野分業のオープンイノベーションが重要で、医師に加えて、データサイエンティスト、AI研究者、薬事専門家が連携して取り組む必要があります。
当社は、多くの医師主導治験の実施の過程で多数の医療機関や複数の診療科とのネットワークを構築しており、医療課題や医療データにアクセスしやすいこと(医療面でのサポート)、オープンイノベーションを通して複数のIT企業と共同研究事業契約を締結できていること(技術面でのサポート)、医薬品の医師主導治験を実施する過程で薬事規制にも対応できることなど利点を有しています。そこで、当社が、医師と医療機関、AI技術を有するITベンダー、出口の製薬・ヘルステック企業間を結ぶハブとなり、医療分野でのAI研究から事業までを繋げるエコシステム構築に取り組んでいます。薬機法に則った臨床試験も実施できるために、実地臨床に役立てられる本格的な医療ソリューション(診断、治療)の開発が可能になります。
2013年の法律改正により、診断・治療等を目的とするコンピュータープログラム(ソフトウェア)が新たに医療機器として位置付けられました。このプログラムをコンピューターや携帯端末などにインストールして使用しますが、このようなプログラムが搭載された記録媒体が「プログラム医療機器」です。当社は、外部ネットワークとの共同研究によりAIを活用してプログラム医療機器を開発しています。
医療AIの研究開発に不可欠な要素は、1)医療課題、2)医療データ(質と量)、3)AIアルゴリズム(エンジン)です。優れた技術があっても、医療現場のニーズに合致せず、医療現場での使用に課題があるなどの理由から、実用化が難しい事例は多く、技術を有する多くの企業で直面する問題です。近年、医療現場のニーズを出発点として問題の解決策を開発し、医療現場で最終プロダクトをイメージして最適化を行う「バイオデザイン」という手法が注目されています。AIをコア技術とするプログラム医療機器も同様で、AI技術は勿論重要ですが、医療データの対象は機械ではなく個人差のある患者です。医療課題、医療データ、医療現場での医師の助言に基づくAIのカスタマイズが極めて重要になります。AI研究における必要不可欠なマテリアルは医療データです。AIは多数のデータから法則性を発見するため(帰納推論)、充分な量のデータが必要であることは間違いありませんが、データ量に加えてデータの質も重要です。さらに、解決すべき医療課題と活用する医療データの種類に基づいて、最適なAIアルゴリズムを選定する必要があります。特定のAIアルゴリズムを活かせる医療分野を探すのでは無く、特定の医療課題を解決するために「最適なAIアルゴリズムを選定(場合によっては独自に開発)」する必要があります。また、AIアルゴリズムが決定できた後、データさえあればデータサイエンティストはAIで分析することができますが、その結果が正しいのかどうかを解釈、判断できるのは医師のみです。従って、医師の関与がない限り、質の良い医療データをAIに学習させ、課題を解決することは出来ません。医師、データサイエンティスト、AI研究者の連携が重要で、医療課題、医療データ、経験・知見が存在する医療現場(医師)の積極的な関与がAIによる医療課題解決の成功の鍵となります。
AIの医療応用についての研究開発を推進するため、2022年11月にはNECソリューションイノベータ株式会社(NES)との基本合意書、2023年6月には日本電気株式会社(NEC)との共同研究契約書(基本合意書)を締結しました。AIを活用したプログラム医療機器開発には、コアとなるAI(ソフトウェア)とそれを医療現場で稼働させるためのシステムが必要です。医療課題と医療データの種類に基づいて、最適なAIを選定する必要がありますが、当社は、いくつかの基本AI(エンジン)をNECからライセンスを受け医療現場で医療用にカスタマイズしています。また、開発した医療AIを医療現場で活用するためのシステムをNESと開発しています。
なお、探索段階にあるプロジェクトとして、重点領域の一つである女性の疾患に関する取組みとして、乳がんの病理画像から病変等を検出するAIを東北大学と共同で開発しています。病理画像を用いた検証では、検出モデルを3クラス(良性、非浸潤がん、浸潤がん)または2クラス(良性、悪性)で分類し、それぞれ88.3%と90.5%での診断精度を達成しました。今後、乳がん領域では「術中迅速病理検体」を用いたAI診断にも取り組む予定です。また、老化関連疾患に関する取組みとして、東北大学と共同で、心臓植込み型電気デバイス患者の遠隔モニタリング情報を活用し、心不全及び致死性不整脈の発症を事前に予測するAIを開発しています。さらに、2022年9月に、株式会社ハイレックスコーポレーション及び株式会社ハイレックスメディカルとの共同研究契約を締結し、株式会社ハイレックスメディカル及び東北大学と共同で補助人工心臓の血栓発生を予測するAIの開発に取り組んでいます。